泉パークタウンのまちはどう守られている?50年続くまちづくりの仕組み【後編】

住んでみると気づく「このまちの仕組み」
前編では、泉パークタウンがどのように生まれたのか、丘陵地だった場所にニュータウンがつくられていった歴史を紹介しました。
では、そのあとこのまちはどうなったのでしょうか。
実は泉パークタウンには、普通の住宅地とは少し違う特徴があります。
それは、まちをつくって終わりではなく、今もまちを育て続けていることです。
今回は、そんな泉パークタウンの「まちを支える仕組み」に少し目を向けてみたいと思います。
まちをつくって終わりではなかった

多くの住宅地は、開発が終わると自治体に引き継がれ、その後は行政が中心となって管理されます。
ところが泉パークタウンでは、まちづくりを始めた三菱地所のグループが、今もまちの環境づくりに関わり続けています。
例えば
- 緑地や景観の維持
- まちの施設の管理
- 地域イベントのサポート
などです。
こうした取り組みを担っているのが、泉パークタウンのまちづくりを支える会社、(株)泉パークタウンサービスです。
なぜこのまちは並木がきれいなのか

泉パークタウンを歩いていると、並木道の景色がきれいだと感じる人も多いと思います。
実はこれも、最初から意識して整えられてきたものです。
住宅地ごとに
・道路の幅
・植栽
・景観のバランス
などが計画され、その環境が長く保たれるように管理されています。
もちろん時間とともに変化はありますが、こうした考え方が今の落ち着いた街並みにつながっているんですね。
住民活動もこのまちの大きな力

泉パークタウンのまちは、企業だけでつくられているわけではありません。
自治会や地域団体など、住民による活動もこのまちを支える大きな力になっています。
例えば
・地域イベント
・防犯活動
・多世代交流
・見守り活動
・子ども向けの行事
など。
長く住んでいる方の中には、「このまちを自分たちで良くしていこう」という思いを持って活動されている方も多いそうです。
こうした積み重ねが、泉パークタウンというまちの雰囲気を少しずつ作ってきたのかもしれません。
50年たっても変わり続けるまち

泉パークタウンは、1974年のまちびらきから50年以上がたちました。
けれど、このまちは「完成したまち」というわけではありません。
新しい住宅地が整備されたり、施設が新しくなったり、暮らし方も少しずつ変わっています。
それでも、自然が多いこと、ゆったりした住宅地、落ち着いた街並みといった、このまちらしさは今も大切にされているように感じます。
自分たちのまちを知ると、少し見え方が変わる

普段暮らしていると、まちのことをあまり意識する機会はないかもしれません。
けれど、少し歴史を知ってみると、
「あの並木道はこういう背景があったのか」
「この公園もまちづくりの一部なんだな」
と、いつもの景色が少し違って見えることがあります。
泉パークタウンは、長い時間をかけて育ってきたまちです。
これからもこのまちで暮らす人たちの中で、少しずつ形を変えながら続いていくのかもしれませんね。

泉パークタウンのことを調べ始めると、けっこうすごいまちなんです。
次回は、「実はすごい!」なんてところをまとめたお話ができたらいいなぁって思ってます^^
あたり前に感じてたけど、やっぱり泉パークタウンって良いまちだなぁ
LOVE泉パークタウンです♪

この記事書いた人
よっしー
人・もの・コトとの出会いが好き。
その場所に流れている空気や、何気ない会話の中にある誰かの「想い」を、そっと見つけて伝えていけたらと思っています。


